かならずお読みください→注意事項

修理の部  車輪

車いすにはご存じのように4つの車輪があります.キャスタの前輪とタイヤの後輪です.このような構成の四輪車は,荷物運搬用の台車もありますが,人間の乗り物としては非常に珍しいものです.また車輪はシンプルさが追及された車いすのなかで,複雑な構造と多くの機能部品で構成されています.

写真 キャスタ分解前の車輪は,一般的にキャスタです.フォークに取り付けられた車輪とフォークを回転させる垂直軸から成り立っています.右の写真は,当院で使用している車いすのキャスタを分解したときのものです.中央上になにやら見慣れない物があります.これは実は髪の毛です.上から落ちてきたものか床から拾い上げたものか分かりませんが,車輪軸にからまっていました.車輪の動きが悪いときには油を差しますが,これでは肝心の部分(ベアリング)に油は届きません.何より車輪の滑らかな回転を妨げていますので,これを取り除かねばなりません.薬品で溶かす.熱で焼く.切断する.色々やってみましたが,結局分解するのが早く効果的でした.
髪の毛がからまっている部分は,ベアリング内輪とスペーサの間です.キャスタの機種によっては,スペーサがベアリング内輪に接着されていることがあります.この場合は髪の毛をニッパで切り取ります.あとは注油して元通りに組み付けます.このときネジ部分にゆるみ止め(ライヒロック,ロックタイトなど)を使うと安心です.
約15年前の車いすから,最近の車いすまで手がけてきましたが,キャスタ車輪軸に髪の毛がからんで車輪の回転が滑らかでなくなる問題は,一向に解決されていないように思います.何とかならないものでしょうか? 

特に古い車いすでは,フォークを回転軸に固定しているナットがゆるみ,フォークが上下にぐらつきやすいようです.またこの部分のベアリングはさびていることもあります.ベアリングの交換やナットの増し締めをすれば直ります.しかし,キャスタ全体で交換するのがお金はかかりますが安心です.
キャスタの寿命は一概に言えません.炎天下のアスファルト道路などでは,キャスタの樹脂タイヤはかなり早く減るようです.その場合は交換部品として,車輪のみでも市販されていますので交換するのがよいでしょう.


後ろの車輪はタイヤです.一見すると自転車のタイヤと同じようですが,材質が異なります.簡単に言えば,自転車のタイヤは黒く,車いすのタイヤは灰色です.これは室内で使用したときに,床を汚さないためだそうです.自転車のタイヤでは床に黒いあとが付くのだそうです.黒い色は炭素の色と思います.炭素を入れるとゴムは安定性,耐候性が増すと聞きました.屋外など,床の汚れを気にしなくてよい場合には,自転車用タイヤでもかまわないかと思います.
さて,タイヤがすり減ったら交換するのはご存じのとおりです.自動車のタイヤ交換は,さすがに素人には無理と考えた方がよろしいですが,車いすのタイヤ交換は意外に簡単です.ホームセンターで,道具も手に入ります.自転車やバイクを趣味にしている人は皆さんできます(よね?) なにしろスペアタイヤがありませんから.

簡単に手順を説明します.

車いすから車輪を外す.
バルブ押さえのネジを外しバルブを外しチューブの空気を抜く
ナットを外す
ニップルを押し込む
タイヤの耳(ビード)を落とす
タイヤレバーで片側のビードを外す.これを繰り返し,全周を外す.
タイヤとリムの間からチューブを引き出す.
残った反対側のビードを引き出す.このときタイヤレバーはいらない.
新しいタイヤとチューブを逆の手順で組み付ける.
外すときに必要だったタイヤレバーなしで,組付けはできる.

ここで説明したことは,文章だけではなかなかわかりにくいと思います.お近くにできる人がいない場合には,自転車屋さん,ホームセンターの自転車売り場の人に聞くと丁寧におしえてくれるでしょう.(たぶん)

検索サイトで,「自転車」「タイヤ」「交換」で検索すると,タイヤ交換の手順を丁寧に説明したサイトがいくつか見つかりましたので,詳しくはそちらを参考にしてください.

車いすのタイヤはどれくらいもつのでしょうか?当院では,おそらくは10年以上経ったであろうと思われるタイヤが見つかりました.すっかりすり減り,表面はひび割れ,プラスチックのような手触りでした.このタイヤは「まだもっている」といってよいのでしょうか?
タイヤは合成ゴムでできています.これらの化学材料は,年月が経るにつれて劣化します.紫外線(太陽光にも含まれます)により劣化が早く進むとも考えられています.古くなった消しゴムは表面が固く,つるつるになり,文字が消えにくくなります.少しこすって表面を削ると,また文字が消せるようになります.これが劣化で,タイヤにも同様なことが起きています.自動車のタイヤの地面に接する部分は,走行によって徐々に摩耗していきます.極端に走行距離が少ないと,タイヤの溝が十分残っていても,溝の奥やタイヤの横面に劣化によるひび割れがすすみ,車検時に交換を勧められることもあります.車いすの場合はよほど激しく走行させない限り,タイヤの溝が摩耗によって無くなるより早く,劣化が進むと考えられます.
当院では,ひび割れが目立つようになったら,タイヤを新品に交換することにしています.タイヤ表面の劣化が進むと,ゴム特有の摩擦が少なくなり,滑りやすくなります.ブレーキをかけて,タイヤが回転しなくても,床面との間で滑り,結果として安全性が低下します.しかし表面の劣化層を取り除けば,摩擦力が回復する場合もあります.当院では,電動グラインダにベベルブラシを取り付けて,タイヤ表面を削り取っています.(レース場で同様の作業を(多分)現在もやっていると思います.ねらいは同じです)

タイヤで特に大切なのはこれから説明する空気です.
ここでは説明しませんが,車いすのブレーキはタイヤを押さえつけて利くタイプのものがほとんどです.ですからタイヤの空気が足りないとブレーキも十分に利きません.これは大変に危険です.ベッドから車いすに移るときに,ブレーキをかけてあったのに車いすが動き,転倒することは容易に予想できます.ブレーキがかけてあれば,車いすは動かないものと考えるのが普通です.みなさんの近くにある車いすは,「普通」ですか?

とにかく空気を入れましょう.どれくらい入れるかというと,タイヤを指で押してもへこまないくらいに,めいっぱい入れましょう.(ただし,普通の人のみ. 力自慢の方は手加減してください)力いっぱい入れてもパンクさせることはできません.(本当です)パンクするようだったらタイヤの寿命なのだと考えましょう.
また,タイヤに空気をいっぱい入れると,車いすの動きが軽くなります.お使いになる方にとってこれもメリットのひとつです.

タイヤの空気は,2週間くらいでやや抜けます.1ヶ月くらいで随分少なくなります.これが経験から得た目安です.空気が抜けることに対する対策法は,実に単純に,「抜けるよりはやく空気を入れる」です.あとで説明するように,当科では毎月,全車いすの定期点検を行っています.まずこのとき空気を入れます.あとは,病院スタッフの何人かが,1000円くらいの空気入れを持っていて,気がついたときに空気を入れてくれています.僅か30秒ほどの作業で,車いすをお使いの方がリラックスし,機嫌がよくなり,本来の仕事がしやすくなるからです.(あなたもぜひお試し下さい)


後ろの車輪の両脇に付いていて,車いすを動かすときに握るのが,ハンドリムです.滅多なことでこわれるものではありません.しかし患者さんがご使用になった車いすに試乗してみると,時として手が滑ってしまい,うまく車いすを動かせない時があります.おそらく食事の時に汚れた手でハンドリムを握ったために,油汚れのようなぬるぬるがついたのでしょう.これは目で見ただけではわかりません.試乗しないとわかりません.雑巾でふけばきれいになります.なかなかうまく車いすを操作できない時には,手やハンドリムの汚れにも気をつけるべきでしょう.


  前         次  

はじめに

修理の部 昔と今 肘掛けの修理 さび落とし シート フレーム 車輪 アライメント ブレーキ まとめ

点検の部 定期点検 退院時点検


03/05/15 公開

臨床リハ工学サービス科にもどる